信頼関係が、取引コストを増やすとき
― Uzzi(1997)の「埋め込まれすぎ」の逆説から考える ―
例えば、長年付き合っている取引先へ仕事を依頼するとします。求める品質も、社内の事情も分かっているため、一から説明する必要がありません。問題が起きても、担当者同士で相談すれば解決できる。こうした関係には、価格だけでは測れない価値があります。
一方で、「昔からの付き合いだから、条件を見直しにくい」「いつも助けてもらっているので、無理な依頼も断れない」となったらどうでしょうか。仕事を円滑にしていた関係が、いつの間にか、仕事の進め方を変えられない理由になっているかもしれません。
信頼関係は、取引を進める助けになります。しかし、関係を維持すること自体が優先されると、別の負担が生まれる可能性があります。この違いを、企業間ネットワークの研究から考えてみます。
信頼があれば、説明や確認を減らせる
Uzzi(1997)は、企業23社へのフィールドワークを通じて、企業間の継続的な関係が経済活動にどう作用するかを検討しました。そこで示されたのが、信頼、きめ細かな情報共有、共同での問題解決という特徴です。こうした関係は、意思決定や調整に必要な時間を節約する働きを持ちます。
例えば、食品メーカーと包装資材の仕入先を考えてみます。新しい仕入先であれば、製品の特徴、必要な強度、納品時の注意点などを細かく説明し、対応できるかを確認する必要があります。ところが、継続的に取引している相手であれば、すでに共有されている情報を土台に話を進められます。
ここで減っているのは、資材の購入価格とは別の負担です。説明する時間、確認する手間、条件をすり合わせる労力。本稿では、こうした取引に伴う確認・交渉・調整の負担に着目します。
信頼関係の価値は、「親しいから安心する」という感覚だけではありません。同じ仕事を進めるために必要な手間が減ることにもあります。
助け合いが「断れない関係」に変わるとき
では、受注する側から考えてみましょう。長年の得意先から、急ぎの追加注文が入ったとします。通常なら難しい納期ですが、今回は社内で調整して対応する。こうした柔軟な対応は、互いの事業を支える助け合いになり得ます。
しかし、それが毎回のように続いたらどうでしょうか。担当者は注文のたびに納期を再交渉し、社内の予定を組み替え、ほかの取引先にも変更を相談しなければなりません。それでも「昔からお世話になっているので、今さら条件を変えるとは言いづらい」と考え、従来の対応を続けてしまいます。
この場合、問題は急ぎの注文に応じたことではありません。例外的な助け合いが常態化しているのに、取引条件を見直せなくなっていることです。
Uzziも、義理や友情が経済的な判断に優先し、企業が自社の余力を超えて取引先を支えてしまう可能性に言及しています。関係性は協力を生む一方で、負担を引き受け続ける理由にもなり得ます。もちろん、短期的な負担だけで取引の価値は判断できません。困ったときに支え合う関係には、長期的な意味があります。ただし、助け合っているのか、一方だけが無理を重ねているのかは、分けて考える必要があるでしょう
「いつもの会社」だけでは、選択肢が見えなくなる
発注する側にも、別の問題が考えられます。
例えば、あるメーカーが、長年付き合っている加工会社へ外注しているとします。相手は自社の製品をよく理解しており、細かな要望にも応じてくれます。担当者としては、新しい会社を探すより、いつもの相手に相談する方が進めやすいでしょう。
ところが、新製品に必要な加工が、従来の設備や方法では難しくなったとします。ほかの会社なら別の技術で対応できるかもしれません。それでも既存の取引先だけで何とかしようとすれば、仕様変更や試作についての協議を何度も重ねることになります。ここには、よりよい方法を見逃すという機会損失だけでなく、限られた選択肢の中で解決しようとするための調整負担もあります。
Uzziが論じた「埋め込まれすぎ」の重要な側面は、親密な関係でネットワークが閉じると、外部の新しい情報が入りにくくなることです。いつもの相手とは深く話せても、いつもの相手が知らないことには触れにくくなります。
既存の取引先を信頼することと、ほかの技術や方法を知ることは、両立できるはずです。「関係を大切にすること」が「ほかを見ないこと」に変わると、信頼関係の利点だけでなく、制約も引き受けることになります。
問題は、信頼の強さだけではない
ここまでの例から、「取引先を信頼しすぎない方がよい」と結論づけるのは早計です。
Uzziが扱っているのは、相手をどの程度信用するかという心理だけではありません。自社が誰と結びつき、その取引先がさらに誰とつながっているかという、ネットワークの構成も含まれます。信頼の強さと、関係が閉じていることは、同じではありません。
高い信頼があるからこそ、無理な依頼には率直に事情を説明し、条件を見直せる関係も考えられます。長年の取引先と協力しながら、外部の技術や知識を取り入れることもできるでしょう。反対に、表面的には親しくても、必要な相談を避け、負担を一方が抱え込んでいるのであれば、その関係は十分に機能しているとは言いにくいかもしれません。
大切なのは、「どれほど親しいか」だけでなく、その関係の中で、必要な判断や見直しができるかということです。
信頼を守るために、取引を見直す
では、実務ではどう考えればよいのでしょうか。
先ほどの追加注文の例なら、急ぎの依頼に対応すること自体をやめる必要はないと思います。通常の納期と例外対応の範囲を共有し、例外が増えた段階で、注文方法や費用、対応可能な量を相談し直すことが考えられます。相手を疑うためではなく、無理なく取引を続けるための確認です。
加工会社の例なら、既存の取引を大切にしながら、外部の技術情報にも触れる。必要に応じて、既存の取引先と新しい会社の協力も検討する。取引先を変えるか、変えないかという二者択一にする必要はない。Uzziは、親密な関係と、一定の距離を保った市場的な関係が組み合わされたネットワークの意義を論じています。深い協力関係の利点を得ながら、外部の情報や可能性への接点も残すという考え方です。
ここから実務への示唆を引き出すなら、必要なのは信頼を薄めることではなく、信頼を理由に判断を止めないことではないでしょうか。長年の付き合いがあるから、条件を見直さないのではありません。長く付き合っていきたいからこそ、条件を見直す。相手を信頼しているから、無理を黙って引き受けるのではありません。信頼しているからこそ、できることと難しいことを率直に伝える。
信頼関係を守ることと、取引の進め方を変えることは、対立するものではありません。
その両方を可能にする関係であれば、信頼は負担を増やす理由ではなく、取引を支える資源として働き続けるのではないでしょうか。
参考文献
Uzzi, B. (1997). Social structure and competition in interfirm networks: The paradox of embeddedness. Administrative Science Quarterly, 42(1), 35–67.
