「強み」を言葉にしただけでは、売上につながらない
Nonaka(1994)の知識創造論と、顧客価値への翻訳
企業には、言葉にしにくい強みがあります。ベテラン社員なら図面を見ただけで危険な箇所が分かる。営業担当者は、顧客の表情や反応から提案の順番を変える。経営者は、数字だけでは説明できない違和感から意思決定を修正する。こうした知識は、マニュアルを読めばすぐに再現できるものではありません。
このような、経験や感覚に埋め込まれた知識を考える上で参考になるのが、Nonaka(1994)の知識創造論です。Nonakaは、言葉や数値で表現しやすい「形式知」と、経験や技能、感覚に埋め込まれた「暗黙知」との相互作用によって、組織の知識が創造されると論じました。
暗黙知を言語化することには意味がある
企業活動の多くは、形式知だけでは成立していません。製造現場では「この音はいつもと違う」といった感覚的な判断があります。営業では「この顧客には、まずこの話から始めた方がよい」といった経験則があります。接客でも、顧客の声色や表情から、次に何を伝えるべきかを判断することがあります。
こうした暗黙知は、長い経験の中で蓄積されたものであり、簡単には模倣できません。その意味で、企業固有の強みになる可能性があります。
一方で、その知識が特定の個人の中にしか存在しなければ、その人が退職したり異動したりした瞬間に、組織から失われる可能性があります。そこで重要になるのが、暗黙知を何らかの形で言語化し、他者と共有できる状態へ変えることです。
例えば、熟練者の判断そのものを完全に再現できなくても、「何を見ているのか」「どこに違和感を覚えるのか」「どの段階で判断を変えるのか」といった着眼点は言語化できるかもしれません。営業担当者の勘を完全に説明できなくても、「顧客のどの反応を見て提案を変えているのか」を共有することはできます。
こうして個人の中にあった知識が、少しずつ組織の知識へ変わっていきます。
しかし、言語化しただけでは売上にはならない
ここで、もう一つ考える必要があります。
企業の中にある暗黙知を言語化し、組織内で共有できるようになったとしても、それだけで顧客に選ばれるとは限りません。
例えば、ある食品メーカーが「職人が長年の経験をもとに、一本一本丁寧につくっている」と自社の強みを言語化したとします。これは企業内部に存在していた暗黙知を、外からも理解できる形にしたという意味では重要です。
しかし、顧客が知りたいのは「職人がどれだけ努力しているか」だけではありません。
その技術によって、自分にどのような価値が生まれるのか。自分のどのような困りごとが解決されるのか。そこまでつながらなければ、企業側の強みの説明で終わってしまいます。
つまり、
企業の暗黙知を言語化することと、
その知識を顧客価値の言葉へ翻訳することは、別の問題です。
「私たちは何ができるか」から「顧客に何が起きるか」へ
企業は、自社について考えるとき、どうしても供給者側の言葉を使いがちです。
「高い技術力があります」「品質にこだわっています」「創業以来のノウハウがあります」「きめ細かな対応ができます」といった表現です。
これらが間違っているわけではありません。しかし、顧客が企業を選ぶときに知りたいのは、その能力そのものではなく、その能力によって自分に何が起きるのかです。
例えば、「高い技術力」という言葉を、「故障による業務停止を減らせる」と翻訳できれば、顧客にとっての意味が見えてきます。「きめ細かな対応」を、「専門知識がなくても安心して導入できる」と捉え直せば、価値の意味が変わります。
ここで必要になるのが、顧客のジョブや課題との接続です。
誰の、何を、どのように解決するのか。
企業内部にある知識や能力を、この問いに接続して初めて、その強みは顧客にとって理解可能な価値になります。
言葉にするだけではなく、翻訳する
暗黙知を形式知へ変えるという議論を、マーケティングの視点から考えると、もう一段階必要になります。
暗黙知 → 形式知 → 顧客価値の言葉
という変換です。
企業内部では「高い技術力」と理解していても、顧客は「故障しない」「失敗しない」「安心して任せられる」と捉えているかもしれません。
企業側では「柔軟な個別対応」が強みだと考えていても、顧客にとっては「自社の事情を一から説明しなくてよい」ことが価値かもしれません。
ここで重要なのは、企業が自分自身をどう説明したいかではなく、顧客がどのような言葉で価値を理解しているかです。
自社の研究でも見えてきたこと
私自身も現在、地方中小企業が持つ社会関係資本や企業固有の価値が、広報を介してどのように外部から認識され、経済的成果へつながるのかを研究しています。
その分析からも、企業内部の価値を言語化するだけでは十分ではなく、顧客の視点と接続された形で形式化されることが、その後の情報発信や経済的成果へつながる上で重要であることが、統計的に支持されています。
これは、単に「自社の強みを言葉にしましょう」という話ではありません。
何を言葉にするのか。その言葉は誰にとって意味を持つのか。その言葉が顧客の課題や選択理由と接続しているのか。
暗黙知を「顧客が理解できる価値」へ変える
企業にとって、暗黙知は重要な資源です。長年の経験や技術、顧客との関係の中で培われた判断力は、簡単には模倣できません。
しかし、存在しているだけでは、その価値は企業内部にとどまります。
言語化することで、初めて組織の中で共有できます。そして、その言葉を顧客の課題やジョブへ接続することで、初めて市場で理解可能な価値になります。
重要なのは、「自社には何があるか」を説明することではありません。
その強みが、誰の、何を、どのように良くするのかまで翻訳することです。
暗黙知を形式知へ変えることは、企業の知識を残すために重要です。しかし、売上につなげるためには、その先にもう一つの変換が必要です。
企業の言葉を、顧客の言葉へ変える。
そこまでできて初めて、企業内部に蓄積された知識は、市場で価値を持つ資産へ変わっていくのではないでしょうか。
その強みが、誰の、何を、どのように良くするのかまで翻訳することです。
暗黙知を形式知へ変えることは、企業の知識を残すために重要です。しかし、売上につなげるためには、その先にもう一つの変換が必要です。
企業の言葉を、顧客の言葉へ変える。
そこまでできて初めて、企業内部に蓄積された知識は、市場で価値を持つ資産へ変わっていくのではないでしょうか。
参考文献
Nonaka, I. (1994). A dynamic theory of organizational knowledge creation. Organization Science, 5(1), 14–37.
