「信頼できる会社」は、誰から見て信頼できるのか|黒木勝巳マーケティング・広報事務所【InShift】

「信頼できる会社」は、誰から見て信頼できるのか

― Mayer, Davis & Schoorman(1995)の研究から考えるBtoB・BtoC・ステークホルダー ―

企業経営では、「信頼」という言葉が頻繁に使われます。
「顧客から信頼される会社になりたい」「取引先との信頼関係を大切にする」「社員から信頼される経営を目指す」といった表現です。しかし、ここで一つ疑問が生まれます。

そもそも、人は企業の何を見て「信頼できる」と判断しているのでしょうか。

この問いを考える上で参考になるのが、Mayer, Davis & Schoorman(1995)が提示した組織における信頼モデルです。彼らは、信頼を単なる好意や安心感としてではなく、相手に対して一定のリスクを引き受ける意思と関係する概念として整理しました。そして、相手が信頼に値するかを判断する主要な要因として、Ability(能力)、Benevolence(善意)、Integrity(誠実性)の三つを提示しています。

信頼を構成する「能力・善意・誠実性」

Ability(能力)とは、ある領域において相手が必要な技能や能力を持っていることです。
製造業であれば高品質な製品を安定してつくれること、専門サービスであれば十分な知識や経験を持っていることなどが該当します。

Benevolence(善意)とは、相手が自分の利益だけを追求するのではなく、こちらの利益や事情にも一定の配慮を持っていると感じられることです。顧客の事情を踏まえて提案することや、問題が発生したときに相手の立場も考えて対応することなどが、その判断材料になります。

Integrity(誠実性)とは、相手が受け入れ可能な原則や価値観に従っていると認識されることです。約束を守ること、説明と行動が一致していること、都合の悪い情報も隠さないことなどが該当します。

重要なのは、この三つが同じものではないという点です。非常に高い技術力を持っている企業でも、約束を守らなければ誠実性への評価は下がります。反対に、とても誠実な企業であっても、必要な技術や能力が不足していれば、その仕事を安心して任せることは難しいでしょう。
つまり、「信頼できる会社」という一言の中には、本来かなり異なる評価が含まれています。

BtoCでは、消費者は何を信頼しているのか

まず、BtoCで考えてみます。
消費者が商品やサービスを選ぶとき、商品の性能や品質は能力を判断する重要な材料になります。家電であれば壊れにくいこと、飲食店であれば安定しておいしい料理を提供できること、ホテルであれば一定水準のサービスを提供できることなどです。一方、問題が起きたときの対応には、善意や誠実性が表れます。返品や故障にきちんと対応するのか。広告で説明した内容と実際の商品が一致しているのか。不都合な情報も正確に説明するのか。

消費者は商品そのものだけではなく、企業のこうした行動からも信頼を判断しています。その意味では、企業がどれほど「高品質」を訴求しても、それだけで企業全体への信頼が成立するわけではありません。

BtoBでは「企業対企業」だけではない

BtoBになると、さらに複雑になります。
BtoB取引は「企業が企業を信頼する」と表現されることがありますが、実際には企業という一人の意思決定者が存在するわけではありません。製品を使用する人、購買担当者、部門責任者、経営者、場合によっては法務や財務など、複数の人が取引に関与します。そして、それぞれが同じ理由で相手企業を信頼しているとは限りません。

使用者にとって重要なのは、「本当に使えるのか」「トラブルなく動くのか」という能力かもしれません。購買担当者にとっては、「約束した価格や納期を守るか」という誠実性が重要になります。経営者にとっては、「この会社と取引して事業上のリスクはないか」という能力と誠実性の双方が重要になるでしょう。長期的な共同開発や協業であれば、「こちらの事情まで考えてくれるか」という善意の重要性も高まります。

したがってBtoBでは、
「取引先企業から信頼されているか」ではなく、「取引先の誰から、何について信頼されているか」と考えた方が、実態に近いのではないでしょうか。

顧客以外のステークホルダーは何を見ているのか

企業を取り巻くステークホルダーは、顧客だけではありません。社員、金融機関、行政、地域社会、株主、採用候補者など、多様な主体が企業を評価しています。

社員であれば、経営能力だけでなく、公平な評価や約束を守る姿勢を見ているでしょう。金融機関であれば、返済能力に加えて、財務情報を適切に開示する誠実性が重要になります。地域社会であれば、事業によって地域へどのような影響を与えているか、その企業が地域との関係をどのように考えているかも判断材料になります。採用候補者であれば、企業の成長性だけでなく、採用時に説明された仕事内容や待遇と実際が一致しているかという誠実性も重要でしょう。

このように考えると、一つの企業がすべてのステークホルダーから同じ理由で信頼されるということは、むしろ考えにくくなります。

「誰から信頼されるか」で、意味は変わる

私自身も現在、地方中小企業における社会関係資本、広報、信頼や承認と経済的成果との関係について研究を進めています。その過程で改めて重要だと感じているのは、企業に対する信頼や承認は、誰から与えられるのかによって、その意味が異なるという点です。

顧客から得る評価、取引先から得る評価、地域社会から得る評価、行政やメディアなどから得る評価は、いずれも企業に対する肯定的な評価として捉えることができます。しかし、その形成過程や、企業にとっての機能が同じとは限りません。

Mayerらの能力・善意・誠実性という整理も、この点を考える上で示唆的です。すべてのステークホルダーが、この三つを同じ比重で見ているとは考えにくいからです。誰が企業を評価するのかによって、重視される要素は変わります。そして、その評価がどのように共有され、企業の選択や取引へつながっていくのかという点まで考えると、「信頼」は単なる企業イメージではなく、より具体的な経営課題として捉えることができます。

広報は、信頼を「主張する」ことではない

この視点は、広報を考える上でも重要です。
広報は、「私たちは信頼できる会社です」と宣言することではありません。能力を伝えるのであれば、実績、専門性、品質、技術、データなど、相手が判断できる材料を示す必要があります。善意を伝えるのであれば、顧客対応や社員への姿勢、地域社会との関係、問題発生時の対応など、実際の行動が判断材料になります。誠実性についても、言葉だけでは成立しません。

説明と行動の一貫性、約束の履行、情報開示、都合の悪い状況への対応などを通じて、相手側が判断します。つまり、広報が担うべきなのは、信頼を一方的に主張することではなく、それぞれのステークホルダーが企業を判断できる情報環境をつくることだと考えられます。

「信頼される会社」という言葉を分解する

企業が「信頼される会社を目指す」と掲げること自体に問題はありません。しかし、経営や広報の実務では、その言葉をもう一段分解する必要があります。

誰から信頼されたいのか。
その相手は、企業の何を見て信頼を判断するのか。
能力、善意、誠実性のうち、何が特に重要なのか。

さらに、
その信頼が、どのような評価や承認を経て、企業の成果へつながっていくのか。

ここまで分解して初めて、「信頼」という抽象的な言葉が、企業活動へ接続されていきます。信頼は、企業が自分で決めるものではありません。企業が示した情報や日々の行動をもとに、相手側が判断するものです。だからこそ、企業にとって重要なのは、漠然と「信頼を高める」ことではありません。誰から、何について、なぜ信頼される必要があるのかを特定すること。そして、その信頼がどのように形成され、どのような経路で企業の成果へつながっていくのかを考えることです。

信頼を一つの言葉で括るのではなく、その構成要素と評価主体、そして信頼が機能する経路を分けて考えることが、「信頼される会社」を考える出発点になるのではないでしょうか。

参考文献

Mayer, R. C., Davis, J. H., & Schoorman, F. D. (1995). An integrative model of organizational trust. Academy of Management Review, 20(3), 709–734.

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