行動が起きない「3つの壁」と、顧客を動かす「すり合わせ」の力
消費者行動論と「水平統合型広報」が解き明かす需要創造のメカニズム
優れた製品やサービスを提供しているにもかかわらず、なぜ顧客は購入に至らないのでしょうか。あるいは、認知は十分に獲得できているはずなのに、なぜ実際の行動が伴わないのでしょうか。
マーケティングや広報の現場で直面するこの課題の正体は、顧客の心理と環境に潜む「阻害要因」にあります。しかし、この壁は決して「超えられない障害」ではありません。人間は、真に価値を感じたとき、自らその壁を乗り越えようとする力を持っています。
本コラムでは、行動を阻む3つの要因と、それを突破する鍵となる「すり合わせ」、そしてその源泉となる「超高関与」という概念について、消費者行動論の視点から深く掘り下げます。

行動をブロックする「阻害要因3類型」
行動のブレーキとなる要因は、単一ではありません。Crawford&Godbeyらが提唱した「阻害要因3類型」は、人が動機(モチベーション)を持っていても行動に移れない理由を、以下の3つの次元で体系化しています。
① 内的阻害要因(Intrapersonal Constraints)
「自分には関係ない」「価値観に合わない」という心理的な壁です。 これは最も根源的な壁であり、ここが突破されない限り、どんなに便利な機能や安い価格を提示しても意味をなしません。特に市場の大多数を占める「無関心層・拒否層」において、この壁は厚く存在します。彼らにとって、その商品は「自分の人生における登場人物」ではないと認識されています。
② 対人的阻害要因(Interpersonal Constraints)
「周りにどう思われるか」「一緒に行く人がいない」という社会的な壁です。 個人の動機があっても、家族の反対や職場での評価、あるいはコミュニティ内での浮いた存在になることへの懸念が、行動への強力なブレーキとなります。日本のようなハイコンテクストな社会では、特に強く作用する要因です。
③ 構造的阻害要因(Structural Constraints)
「時間がない」「お金がない」「手続きが面倒」という物理・環境的な壁です。 これは行動経済学のB=MATモデルにおける「能力(Ability)」の欠如に対応します。もっとも具体的な壁であり、企業側の努力(UI/UXの改善や価格戦略)で比較的取り除きやすい要因でもあります。
顧客の認知プロセス:「すり合わせ」と「逆すり合わせ」
阻害要因が存在すると、人は直ちに行動を諦めるのでしょうか? そうではありません。ここで重要になるのが、Jacksonらが示した「すり合わせ」という概念と、「逆すり合わせc」という概念です。
能動的な調整:「すり合わせ」
「すり合わせ」とは、顧客が阻害要因に直面した際、それを乗り越えて行動を実現するために、自ら時間や金銭、人間関係、あるいは自分の認知そのものを調整しようとする能動的な努力のことです。
- 「高いけれど、他の出費を削ってでも手に入れたい」(金銭のすり合わせ)
- 「忙しいけれど、朝の時間を調整して通おう」(時間のすり合わせ)
- 「家族を説得して、理解してもらおう」(人間関係のすり合わせ)
マーケティングの真の役割は、単に障害を取り除くことだけではありません。顧客の中に、この「すり合わせ」を起こさせるほどの熱量を生み出し、その調整プロセスを支援することにあります。
諦めの論理:「逆すり合わせ」
一方で、動機が弱かったり、阻害要因が強すぎたりする場合、顧客は「逆すり合わせ」を行います。これは、「どうせ自分には合わない」「今は時期じゃない」と自らを納得させ、行動しない理由を正当化する認知処理です。無関心層や拒否層は、この「逆すり合わせ」によって、企業からのメッセージを遮断しています。
「すり合わせ」の源泉:「超高関与」の創出
なぜ、一部の顧客は面倒な「すり合わせ」を行ってまで、その商品やサービスを選ぼうとするのでしょうか。その原動力となるのが、「超高関与(Transcendent Involvement)」の状態です。
精緻化された認知構造
「超高関与」とは、単に「好き」という感情を超え、対象についての知識、経験、思い出(エピソード記憶)、そして身体感覚(手続き記憶)が複雑に結びついた「精緻化された認知構造」を持っている状態を指します。
この状態にある顧客にとって、その対象は単なる消費財ではなく、「自分の人生の一部」や「アイデンティティそのもの」となっています。そのため、阻害要因は「諦める理由」ではなく、「乗り越えるべきチャレンジ」へと意味を変えます。
つまり、企業が目指すべきは、顧客を単なる「購入者」にするのではなく、人生においてそのブランドを不可欠な存在と感じる「超高関与」な状態へと、階段を登らせることなのです。
「水平統合型広報」による解決のアプローチ
では、企業はどうやって「逆すり合わせ」を防ぎ、能動的な「すり合わせ」を支援し、「超高関与」を生み出せばよいのでしょうか。ここで有効なのが、WWH(Who/What/How)を用いた構造的なアプローチです。
① 内的阻害要因へのアプローチ:認知の転換(Who/What)
無関心層の「自分には関係ない」という壁を壊すには、正面からの説得ではなく、「具体的サブタイプ)」の提示が有効です。 従来の典型的なイメージ(負の認知要素)を覆すような、意外性のある情報や、異分野との文脈の結合(コンテクストの再構築)を通じて、「あれ?これは自分の知っているものとは違うかも」「これなら自分に関係あるかも」という認知の再分類を促し、新たな動機を形成します。
② 対人的阻害要因へのアプローチ:社会的証明の付与(What)
「すり合わせ」を行う顧客に対し、周囲を説得するための材料を提供します。 権威ある第三者の評価、共感を呼ぶUGC(ユーザーの声)、あるいはコミュニティの存在を可視化することで、その行動が「社会的に承認された正しい選択」であるという安心感(社会的証明)を与えます。
③ 構造的阻害要因へのアプローチ:能力の補助(How)
顧客の物理的な調整コストを極限まで下げます。 購入プロセスの簡素化、柔軟なプランの提供など、顧客が「すり合わせ」を実行する際の摩擦(Friction)を取り除く設計を徹底します。
消費行動は、顧客と阻害要因との「戦い」であり、その戦いを支援するのが企業の役割です。
「水平統合型広報」は、顧客が直面している壁が「心理」なのか「社会」なのか「物理」なのかを見極め、それぞれの段階で必要な「すり合わせ」を支援する情報を、組織全体で一貫して届けるための構造です。この構造こそが、AI時代においても選ばれ続けるブランドの盤石な基盤となるのです。
著作情報はこちらから、https://inshift.jp/bookproposal-lp/
【参考文献】
- Crawford, D. W. and Godbey, G. (1987). Reconceptualizing barriers to family leisure. Leisure Sciences, 9(2), 119-127.
- Jackson, E. L., Crawford, D. W., and Godbey, G. (1993). Negotiation of leisure constraints. Leisure Sciences, 15(1), 1-11.
- 堀田治 (2017). 『消費者関与水準の拡張 ~体験消費における需要の創造~』. 法政大学審査学位論文.
- 黒木勝巳 (2022). 『「阻害要因」と「すり合わせ」を鍵概念とした新規顧客創出のためのアプローチ考察』. 法政大学大学院経営学研究科 修士論文.
- 黒木勝巳 (2025). 『生成AI時代の新PR論 「水平統合型広報」という企業の生存戦略』. ベストブック.
