市場拡張、取引コスト削減、顧客満足

マーケティングと広報の両輪が生む価値

企業が成長を続けるためには、短期的な売上向上だけでなく、中長期的なブランド価値の構築や顧客との信頼関係の深化が重要な要素となります。この文脈において、マーケティングと広報が両輪として機能することは、非常に効果的な手法だと考えられます。本稿では、マーケティングと広報が果たす役割とそのシナジー、さらに企業が得られる短期的・中長期的なメリットについて考察していきます。

1. マーケティングと広報、それぞれの役割と違い

マーケティングと広報は、企業の成長に寄与する活動ですが、それぞれの目的やアプローチには異なる側面があります。この違いを理解することで、両者を効果的に活用する方法が見えてきます。

マーケティングの役割

マーケティング活動は、いわゆる4P(Product、Price、Place、Promotion)のミックスを基盤としています。このアプローチにより、企業は商品の企画から販売まで、顧客に価値を届ける全体のプロセスを戦略的に最適化できます。

  • 商品開発(Product): 顧客のニーズに基づき、独自性のある商品やサービスを企画・開発します。
  • 価格設定(Price): 市場競争や顧客の支払い意欲に応じた適切な価格を設定し、利益の最大化を図ります。
  • 販売チャネル(Place): 顧客に商品がスムーズに届くように、オンラインやオフラインを含む流通経路を設計します。
  • プロモーション(Promotion): 広告、セールスプロモーション、PR、デジタルマーケティングを活用して、顧客に商品やサービスの魅力を伝えます。

これらの要素をバランスよく統合することで、企業は市場の創造と拡大を図ることが可能となります。

マーケティングの目的について、和田充夫・恩蔵直人・三浦俊彦による『マーケティング戦略』(有斐閣アルマ、1996年)では「市場の創造と拡大」と定義されています。私は、この基本的な定義に加え、顧客満足をマーケティングの目的に含めるべきだと考えています。

市場を創造し、拡大していくためには、顧客の課題や欲求を的確に捉え、それを解決するプロセスが求められます。この観点に立てば、マーケティングの活動は以下のように整理できます:

  • 市場調査や顧客分析を通じてターゲットを明確化する。
  • 商品・サービスのプロモーション活動を展開する。
  • 販売データを分析し、戦略を改善する。

これらの活動を通じて、企業は市場を成長させるだけでなく、顧客満足度を高めることが可能になります。例えば、私が過去に支援した地方企業では、商品販売だけでなく、地域の特性に応じたストーリー性を強化することで、顧客の共感を得られました。このように、単なる売上向上だけではない成果がマーケティング活動から得られるのです。

さらに、「誰の(Who)」「何を(What)」「どのように(How)」というWWHの視点も、マーケティング活動を整理する上で欠かせないと感じています。ターゲットを明確にし(Who)、そのニーズや課題を把握した上で(What)、独自のアプローチや解決策を提示する(How)。この流れを意識することで、マーケティングの戦略がより具体性を持ち、成果につながりやすくなると考えています。

広報の役割

一方で広報は、企業の存在意義や価値観を社会に伝えることで、信頼や共感を構築する役割を果たします。広報活動には以下の要素が含まれます:

  • 企業の理念やビジョンを発信し、ブランドイメージを形成する。
  • メディアやSNSを活用して、ピンポイントでターゲットに情報を届ける。SNSはマスメディアのような広範な認知度向上ツールではなく、特定の顧客層に対して効果的に情報を届けるためのツールです。
  • 危機管理や社会的責任(CSR)を通じた信頼の維持。

しかし、信頼を蓄積するためにはこれだけでは不十分です。信頼は、単にリスクを回避する活動から得られるものではなく、売買のプロセスや日常的な顧客との接点を通じて、徐々に積み重ねられるものです。

広報の定義について、日本広報学会が2023年6月20日に発表した内容を参考にすることもできます。同学会では広報を次のように定義しています:

「広報とは、組織や個人が、目的達成や課題解決のために、多様なステークホルダーとの双方向コミュニケーションによって、社会的に望ましい関係を構築・維持する経営機能である。」

この定義は、学術的な観点から広報の役割を整理しており、特に双方向コミュニケーションやステークホルダーとの関係構築を重視しています。ただし、実務においては、これらの理念をどのように具体的な活動に落とし込むかが課題となります。私自身、実践の場で感じるのは、広報が信頼を積み上げるプロセスであり、その成果は短期的な数字では測りきれないという点です。

また、企業の業績は数字で可視化されますが、信頼は可視化されることが少ないと感じています。それでも、業績を信頼の数値とみなして仮定するならば、企業が築く信頼がいかに業績に直結しているかを考察する余地があります。特に、デジタル化が進む現代においては、SNSのエンゲージメントやレビューサイトの評価など、信頼の蓄積が可視化される場面も増えています。長期的な顧客ロイヤルティや取引先との安定した関係は、こうした信頼の可視化を通じてさらに強固なものになると考えられます。

2. マーケティングと広報のシナジー効果

マーケティングと広報が相互に連携することで、それぞれが補完し合い、単独では得られない効果を生み出すことが期待されます。

(1) 市場の創造と拡大

マーケティングが具体的な商品・サービスを市場に投入する一方で、広報はその背景にある企業の価値や理念を伝える役割を担います。この連携によって、単なる商品価値の訴求を超えた「共感の創造」が可能になります。

たとえば、新しい市場を開拓する際、マーケティング活動だけでは顧客に商品の魅力が十分に伝わらない場合があります。そこで広報が商品の背景にあるストーリーや企業のビジョンを効果的に発信することで、新たな市場を開拓する可能性が広がります。

  • 潜在ニーズの顕在化: 広報活動を通じて、顧客が気づいていない課題や欲求を表面化させます。
  • ターゲットへの深いリーチ: SNSを活用して特定のターゲット層に情報を的確に届けることで、マーケティング活動が狙った顧客層に対して深い影響を与えることができます。

(2) 信頼構築による取引コストの削減

広報が企業の信頼性を高めることで、取引コストが削減されることは、多くの企業で確認されている現象です。信頼されている企業は、契約交渉や条件確認の負担が軽減され、スムーズな取引が可能になります。

  • 交渉の簡略化: 信頼があることで、取引先からの条件確認が減り、プロセスが迅速化。
  • 意思決定の迅速化: 顧客がブランドを信頼していれば、購入や契約の意思決定が加速します。

(3) 顧客満足の向上

マーケティングと広報が連携することで、顧客満足度がさらに高まると考えられます。広報が顧客に企業の理念や価値観を伝えることで、単なる商品の提供を超えた付加価値を提供することが可能になります。

たとえば、私が関与したあるプロジェクトでは、顧客が購入後に企業の取り組みや背景を知り、その企業に対する信頼と満足度が向上しました。こうした事例は、マーケティングと広報の連携が持つ力を示しています。

3. 広報部が管理部門に組み込まれるリスク

多くの企業では、広報部が管理部門に配置されるケースが見られます。このような配置は、広報が経営陣や他部門との連携を円滑に進める目的で行われることもありますが、いくつかの問題点も指摘されます。

(1) マーケティング部門との乖離

広報部が管理部門に組み込まれると、マーケティング部門との連携が疎かになりやすくなります。広報が企業のビジョンやブランド管理(CI・VI)に特化し、市場の創造や拡大を目的とするマーケティング活動と乖離してしまう可能性が高まります。この結果、広報が単なる管理的な役割に留まり、戦略的な価値を発揮しにくくなるのです。

(2) 市場との接点の希薄化

管理部門に組み込まれた広報は、社内調整や情報管理に多くのリソースを割く傾向があります。そのため、顧客や市場との直接的な接点を持つ機会が減り、市場動向や顧客ニーズを正確に把握する能力が低下するリスクがあります。

(3) 組織間の連携不足

広報とマーケティングが適切に連携しない場合、それぞれが異なるメッセージを発信するリスクが生じます。これにより、顧客に混乱を与えたり、ブランドイメージを損なう可能性があります。広報が管理部門に留まることで、組織全体のメッセージ統一が困難になるケースも見受けられます。

広報が市場の創造と拡大に寄与するためには、管理部門としての役割に留まらず、マーケティング部門と一体となって戦略を展開する必要があります。そのためには、広報の位置付けや組織内での役割を再評価することが重要です。

4. 両輪を走らせない場合のリスク

マーケティングまたは広報が欠ける場合、企業が抱えるリスクは大きくなります。たとえば、広報を欠いた場合、顧客や市場からの信頼を得られず、商品の魅力が伝わらない可能性があります。また、マーケティングが十分でない場合、せっかくの広報活動が売上に結びつかないという課題が生じます。

さらに、マーケティングと広報がそれぞれ独立して動いてしまうと、以下のような具体的な問題が発生します:

  • メッセージの一貫性が損なわれる: 顧客に対する企業のメッセージが分散し、混乱を招く可能性があります。たとえば、広報がブランドの価値を訴求しても、マーケティング活動が異なる方向性を持つ場合、顧客体験に矛盾が生じます。
  • 顧客接点の分断: 広報が信頼構築を目指し、マーケティングが売上向上に注力するだけでは、顧客との接点が断片的になり、エンゲージメントが低下します。これにより、長期的な顧客ロイヤルティの獲得が困難になります。
  • 社内連携の不足: 部門間の情報共有が不十分になると、重複した活動や資源の浪費が発生します。このような状況では、効率的な目標達成が難しくなります。

また、両輪を走らせないことで、新たな市場の開拓やブランド価値の向上といった中長期的な成果を逃す可能性も高まります。広報がリスク管理やブランド保護に専念しすぎる一方で、マーケティングが短期的な売上目標に集中すると、企業の全体的な成長が停滞する恐れがあります。

これらのリスクを回避するためには、マーケティングと広報が一体となり、統合的な戦略を設計・実行することが不可欠です。両者が連携することで、企業は短期的な成果を確保しつつ、持続的な成長基盤を築くことが可能になります。

マーケティングまたは広報が欠ける場合、企業が抱えるリスクは大きくなります。たとえば、広報を欠いた場合、顧客や市場からの信頼を得られず、商品の魅力が伝わらない可能性があります。また、マーケティングが十分でない場合、せっかくの広報活動が売上に結びつかないという課題が生じます。

5. マーケティングと広報が混同しやすい理由

マーケティングと広報は、企業の中でよく混同される役割です。その理由は、両者が「顧客とのコミュニケーション」を中心に据えているからだと考えられます。以下に、混同が起こりやすい具体的な要因を挙げます:

  • 目指す成果が重なる: マーケティングは売上を目的とし、広報は信頼の構築を目指しますが、両者とも最終的には企業の成長に寄与します。そのため、活動が表面的に似通って見えることがあります。
  • 使用するツールが類似: 両者ともに、SNSやデジタル広告、メディアを活用します。しかし、マーケティングはターゲット層に対してピンポイントで商品やサービスを売り込む一方、広報はより長期的な視点でブランド価値を高めることを重視します。
  • メッセージの一貫性: マーケティングと広報が矛盾するメッセージを発信してしまうと、顧客に混乱を与える可能性があります。そのため、両者の連携が欠かせない一方で、混同も生じやすいのです。
  • 企業内での役割分担が曖昧: 特に中小企業では、広報専任者が不在であり、マーケティング部門が広報の役割を兼任しているケースも多いです。このような状況では、両者が区別されることなく運用される傾向があります。

マーケティングと広報が混同されることには理由がありますが、それぞれが独自の役割を持ちながらも連携して活動することで、企業全体のコミュニケーション力を高めることが可能です。

6. CMOによる統合的なアプローチ

CMO(最高マーケティング責任者)は、企業のマーケティングと広報を統合的に管理する役割を担います。このポジションの重要性は、マーケティングと広報の連携を深め、企業全体の戦略を一貫性のあるものにする点にあります。

短期的なROASだけに依存しない視点

ROAS(広告費用対効果)を唯一の指標とすることは、企業の成長を制約する要因になり得ます。私が関与したあるプロジェクトでは、ROASを過剰に重視した結果、大胆な決断ができず、ブランドの成長や新市場へのチャレンジが停滞していました。この状況を打破するため、探索的な投資の重要性を経営陣と運営者に説き、ROASだけで判断しないよう説得しました。

その結果、新しい市場を発見し、6ヶ月後にはROASが2.5倍に向上する成果を得ました。これは、短期的な指標に縛られず、中長期的な視点で戦略を再評価した結果だといえます。

CMOの役割の中で特に重要なのは、投資対効果(ROI)を短期的なROAS(広告費用対効果)だけで判断しないことです。ROASは広告キャンペーンの直接的な収益を測る指標として有効ですが、これだけにとらわれると、長期的なブランド構築や市場拡大の可能性を見落とすリスクがあります。

CMOは、中長期的な投資としてのマーケティング活動を全社的な視点で考え、企業の持続的成長を支える戦略を設計します。このような視点に基づいて、以下のようなアプローチが求められます:

  • ブランド価値の向上: 広告キャンペーンだけでなく、顧客ロイヤルティや社会的信頼を醸成する施策への投資を評価する。
  • 長期的な市場開拓: 直近の利益に直結しない活動でも、将来的な市場創造につながる戦略を推進。
  • 全社的な視点: マーケティングと広報だけでなく、営業や製品開発といった他部門とも連携し、統一されたメッセージを発信する。

企業の成長を支える統合的アプローチ

統合的なアプローチによって、CMOは以下のような成果を生み出すことが可能です:

  • 一貫性のある顧客体験: マーケティングと広報が連携することで、顧客とのすべての接点で統一感のあるメッセージを提供。
  • 戦略的な投資判断: 短期的な利益を追求しつつも、中長期的な視点で市場拡大や信頼構築を実現。
  • 部門間の調整: 組織内のサイロ化を防ぎ、全社的な目標達成に向けた取り組みを促進。

統合的なマーケティングと広報活動を実現するためには、CMOの視点が不可欠です。この役割を通じて、企業は短期的な成果と中長期的な成長を両立させる道を歩むことができます。

マーケティングと広報を分離して考えることは、企業の成長を妨げる可能性があります。両者が独立して活動する場合、メッセージの一貫性が損なわれ、効果が分散してしまうリスクがあります。そのため、CMO(最高マーケティング責任者)の役割が重要となります。CMOは、マーケティングと広報を統合的に管理し、戦略を一貫させることで、企業全体の目標達成を支える存在です。

統合的なアプローチによって、顧客との接点がより効果的になり、企業のブランド価値を向上させる道が開かれるでしょう。

PAGE TOP